特別養護老人ホームおきなの杜 看護師 小村一左美
※本記事は日総研の隔月刊誌『エンドオブライフケア』2018年9-10月号掲載記事を一部改変したものです。
家族に対する虚栄
その日の夕刻、居室を訪問した私に対し、Yさんはすごい剣幕で怒鳴った。
「おい、息子はどうなってるんや。父親が瀕死の状態やというのに!」。
私は「昨日も娘さんに頼んだから…。ごめんね、もうちょっと待ってあげて」そう答えながら、心底Yさんの家族に腹を立てていた。
退院前に、一度家につれて帰るという約束をしていたにもかかわらず、それも未だ実行に至っていない。また、Yさんの「死」はそう遠くはないから、息子さんの面会をかなえてあげて欲しいと、何度もお願いしているにもかからず、一向にその気配がないからだ。
妻は、「『会いたい人がいれば呼ぶから』と夫に尋ねても、いつも『ない』と答えるんですよ。『息子に会いたいか?』と尋ねても『仕事があるだろうから』としか言ってくれないのに、どうしてあなたにだけそんなことを言うのでしょう。私には何も言ってくれない…」と言う。
またこうも付け加えた。「夫は気分屋で、自分本位で、美味しいものがあれば、まず自分が食べ、残りを子供たちにまわすというような父親だったのですよ」と。
私は「Yさんは、家族、特にあなたには最期まで弱みを見せず、わがままな人であり続けたいのではないでしょうか。また、最期まで生きるスタイルを変えたくないだけだと思いますよ」と言うと、「そうね、そうですね」と妻は応えた。
私はYさんの不安・恐怖・身体的苦痛との戦いを何とかしてあげたかった。妻および医師の参加の下、カンファレンスの機会を持ち、点滴内に傾眠傾向にしてくれる薬剤を入れる方法をとることで合意し、実行に移した。それからのYさんは、昏々と眠るようになった。
「Yさん、不安は…楽になった?」と耳元で尋ねると、Yさんは目を閉じたまま頷いてくれた。「Yさん、今からお風呂に入るからね」に対しては、首を横に振った。「駄目、あなたがそう言っても入れるから」と、私はまた耳元で言い実行した。
さて、本稿の読者はきっと疑問を持たれたことと思う。「Yさんの意思を尊重した行動をしろ」と言いながら矛盾しているではないかと。けれど、これは私とYさんの駆け引きなのだ。元気な頃のYさんは、わざと私に叱られるような言動をとり、楽しんでいるところがあった人なのだ。
(この続き:1043文字)
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